2010年06月11日

次期中国大使に丹羽氏有力 戸惑う中国側「日本側の意図がわからない」(産経新聞)

 【北京=伊藤正】日本政府は宮本雄二駐中国大使の後任に、伊藤忠商事の丹羽宇一郎相談役の起用を固めたという。民間人積極登用の方針に基づく、この異例の人事には、北京では驚き、戸惑いが渦巻いている。ある日中関係者は、だれが大使になっても日中関係に影響はないとしながら、「日本側の意図が分からない」と首をかしげた。

 日中国交正常化後の駐中国大使は初代の小川平四郎氏以来、12代の宮本氏まで外務省のキャリア組が占め、最近の3人はいわゆるチャイナスクール出身だった。中国との利害の衝突や難題への対処に当たって、専門知識、情報、人脈や中国との交渉経験を持つチャイナスクール出身者への期待が背景にあった。

 大使は広義の国益がぶつかり合う外交において、政府の指示を実行する任務を負う。しかし、政府方針の妥当性を判断し、意見具申するのも大きな役目だ。政府の対中外交に影響力を及ぼした例は過去にも幾つかある。

 その代表例は、1989年の天安門事件直後に着任した橋本恕(ひろし)大使だった。橋本氏は、92年秋の天皇陛下ご訪中の実現に全力を挙げた。当時、自民党内では反対論が強く、外務省内でも右翼の反発を警戒、消極論が少なくなかった。橋本氏は何度も帰国して政府首脳や自民党有力者の説得に成功し、外務省内も訪中推進でまとまった。橋本氏は、中国の可能性を見据え、天皇陛下ご訪中が中国の近代化を推進し日中の新しい関係を築く一歩と考えていたと話したことがある。

 橋本氏は72年の日中国交正常化に中国課長として貢献、中国側には太い人脈を持っていた。その人脈が天皇陛下の受け入れに消極的だった中国首脳の説得にフルに活用された。最後に決断したのはトウ小平氏で、トウ氏が健在でなければ、ご訪中もなかったに違いない。

 その後、日中両国は多くの荒波を乗り越え、経済分野を中心に協力関係を深めてきた。丹羽氏の人選もその文脈で理解されているが、経済は民間に任せればよい。大使の主要任務は国と国民の安全と利益を守ることであり、時には中国との衝突も避けられない。

 鳩山由紀夫前政権が普天間問題で迷走したのは、安全保障問題への軽視が原因だった。菅直人政権にも、東シナ海問題はじめ中国の軍拡・海洋戦略への軽視がうかがえる。そうした中で次期大使の責任は重く、手腕が問われよう。

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posted by アライ ミツル at 11:38| Comment(28) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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